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7月19日

2019.07.19 Friday 15:51 | comments(0) | kpmi0008

『私たちが見失っていること』

 巷では色々な事件が起きたり災害が起きたりしていますが、平均的な日本人の生活を見るならば、昔ほどに不自由を感じずに生活できるようになったと解釈してもよいのではないでしょうか。言い換えれば、何かにつけて随分と便利な世の中になったと言えるでしょう。しかし、その便利さというのは、人間が幸せに暮らすために本当に良いものなのかと、つい考えてしまいます。

 たとえば、通信手段が多種多様になったおかげで、それを悪用する者が増え、詐欺や虐めなどの事件に巻き込まれる人が増えました。或いは、クルマや電車などの交通手段が出来たおかげで、それによる事故が起きたり、歩いたり走ったり重い物をかついで運んだりする機会が減り、心身の健康を保つことが難しくなりました。或いは、買い物をすれば、殆どの商品が人工的な材料で作られた包装材に包まれており、それに伴う各種の環境問題が大変深刻なものになってきています。このようなものを挙げ出したら、それこそ切りが無いほど多くあります。

 ヒトという生き物は、動物の中ではけっこう繁殖力が強く、環境適応能力も高い生き物です。だからこそ、この地球上で、これほどまでに個体数を増やすことが出来たのです。気温の高い熱帯地域でも、極寒の極付近でも生きていけます。食べ物も特定の物に限定されること無く、いろんな物を食べることができ、哺乳類の中では特に広い食性を持っていると言えます。だからこそ、本当は不適当な暮らし方であっても、その不適切さに気づき難いのだと思います。写真に挙げたのは渓流魚のイワナです。イワナの生態を見ることによって、現代人の節操の無さに気付くことになるかも知れません。

 渓流魚の中でも、イワナは最も上流域に棲む魚ですが、これは、上流域にしか棲めないと言ったほうが正確でしょう。何故そこにしか棲めないのかと言えば、一つは水に含まれている酸素の濃度です。川は下流に行くほど、その水には色々な有機物が混ざり、それを分解するための微生物の数が増えます。すると、その微生物が水中の酸素を消費するため、下流に行くほど酸素濃度が低下していきます。また、下流に行くほど流れが穏やかになりますから、空気中の酸素が混じり難くなります。そのため、高い酸素濃度を要求するイワナは上流域にしか棲めないことになります。
 二つ目は水温ですが、イワナは冷水での生活に適応したため、水温が上がると種々の代謝系が正常に回らなくなり、弱ったり病気に罹ったり、更に温度が上がれば直ぐに死んでしまいます。また、温度が上がることによって溶存酸素量が減ることも原因の一つになります。
 三つ目はエサの問題です。上記の酸素や温度の条件をクリアできる場所であっても、エサが無ければ生き延びられません。そもそも、渓流の上流付近の水中には、エサになるようなものが殆どありません。キレイな水ですから、微生物も小動物も殆ど棲んでいません。そこでイワナは何を食べるかというと、渓流の脇に生えている樹木や草の葉から落下してくる昆虫を主に食べます。このことは即ち、イワナが棲む渓流の脇には昆虫を育成する森林が存在していることが必要だということになります。
 その他、水が流れる速度も重要であり、あまり速くても、あまり遅くても、イワナは対応できないようです。

 私たち人間は、イワナに比べると、それこそどのような場所ででも生きていけそうな逞しさを持っている感じがします。しかし、実際は、そんなことは無いのです。ただ単に、最適な条件を見つけられないだけなのか、そのような条件を察知する能力を退化させてしまったのか、或いは、細胞レベルでは察知していても、馬鹿な大脳がそれに気付かないため、専ら快楽を追い求める生活をするようになってしまったのか…。だからこそ、多くの人は気付かないうちに健康を損ない、数々の疾患に見舞われていく…。そんな気がするのです。

 私たちにも、イワナのように、最も生育に適した狭い範囲の条件が有ると考えるほうが良いのではないでしょうか。食べものについても、生活環境についても、生活の仕方についても、その最良ポイントをもっと正確に見つけ出す努力を惜しまないようにしたいと考えるところです。

 このことを裏付ける事実としては、細胞レベルではかなり狭い範囲で恒常性が保たれていることです。私たちは、馬鹿な大脳から発せられる欲望に左右されて身勝手な生活をしていますが、私たちの器官や組織は大変な苦労をして種々の不適切を修正し、細胞に対して必死になって恒常性を提供しているのではないでしょうか。イワナの生態を見て、ふと、そのようなことを考えました。

 

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