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10月9日

2018.10.09 Tuesday 16:49 | comments(0) | kpmi0008

『エビデンスとは』

 ある人が、しきりに「エビデンス」とおっしゃいますので、抗がん剤が有効であるとする「エビデンス」がどのようなものであるかを手短に紹介しておこうと思います。
 次の文章は、国立がん研究センターのWebサイトから引用したものです。

//////////////////////////////<引用文>///////////////////////////////////////////////
 「この抗がん剤はよく効く」と書いてあれば、おそらく「これでがんが治る」と考えられるかもしれません。しかし多くの場合、そういうことはありません。抗がん剤で治療して、画像診断ではがんが非常に小さくなり、よく効いたように感じたとしても、残念ながらまた大きくなってくることがあります。それでも見た目には著明に効いたようにみえますので、「効いた」と言われるわけです。例えば肺がんの効果判定では、CTなどによる画像上で、50%以上の縮小を「効いた」と判断します。もちろん、抗がん剤でがんが完全に治るということもありますが、通常「抗がん剤が効く」という場合、「がんは治らないが寿命が延びる」、あるいは「寿命は延びないけれども、がんが小さくなって苦痛が軽減される」といった効果を表現しているのが現状です。
///////////////////////////////<引用終わり>////////////////////////////////////////
 
 国立がん研究センターの人たちは、研究と名が付けられているだけあって、比較的正直に情報公開されています。ただ、抗がん剤を支援しようとする立場が少しだけ伺えますが…、それは仕方のないことだと思います。そもそも、細胞毒を与えれば、どのような細胞であっても活動を停止するか、または死んでいきます。免疫細胞のブレーキを壊して強引に攻撃させても同じような結果となります。ただ、幹細胞的ながん細胞は解毒能力を最大限に高めますから、これは最後まで生き残ることになります。そして、3年ぐらい経過したら、目に付くほどの組織となって「再発」に至るわけです。
 オプジーボが効くか効かないかの判定方法も同様であって、がんの組織が一時的にでも縮小すれば、「有効」と判断され、これが「エビデンス」となるわけです。即ち、「この抗がん剤については、『がんに効く』という、しっかりとしたエビデンスが存在する」ということになるわけです。患者が死亡する寸前の状態になっても、がんが縮小すれば「効く」と判断されるのです。こんな効果判定法に基づいて得たエビデンスが、患者さんの健康増進にとって、何のメリットになるのですか? その人が健康を取り戻すことが出来たならば、それで初めて「効く」と表現すべきではないのでしょうか? 健康を度外視した、がん組織縮小の「エビデンス」など、患者さんにとっては何の意味もありません。意味があるとすれば、それは製薬業界が医薬品として認可を取るためです。
 それにしても、医学が「エビデンス」を口癖のように叫ぶところを見ていて、自然科学系の研究者の多くは呆れておられることでしょう。これは、医学というものが、昔は祈祷や宗教などの要素が大きかったからです。もちろん、治癒過程における精神的なプラセボ効果はあまりにも大きく、その治療効果はたいへん高いと言えます。ところが時代と共に科学の考え方が優勢になってきて、科学的な証拠を見せろ、という風潮が強まってきました。そして、特にエビデンスが不足していた医学分野において「エビデンス」が叫ばれるようになってきた、というわけです。
 一方、自然科学系の研究においては、「エビデンスがあるのか?」などと問うことはめったにありません。何故なら、そもそもエビデンスの無い研究など有り得ないからです。私たちも含め、どちらかというと自然科学を基盤にしている研究では、複数の客観的なデータ(医学で言われる「エビデンス」)を複数集め、それらを元にして、それらの根底に潜んでいる規則や法則を見出していきます。だからこそ、自然科学的な研究において、「エビデンスがあるのか?」などと、当たり前すぎる質問はしないわけです。また、試験官の中での現象や動物実験の結果だけを見て「ヒトでも効果がある」などと結論付けたりしません。公表する場合は、しっかりと「in vitro」「実験動物」「実験方法の詳細」などを明記します。
 もちろん、効果を必要以上にでっち上げるような業者の人たちも世の中には存在するでしょうが、そんなものは少し詳しく見れば判断可能です。
 ついでに申し上げておきますが、一部の方から戴いたコメントを見て感じることは、たとえば「民間療法」という言葉で分類される方がいらっしゃいます。反対語は「公的?療法」とでも言いたいのでしょうか? 民間の製薬企業で作られた薬と投与方法に頼っている医療行為が公的なのでしょうか? 或いは、「自然療法」、「免疫療法」、「栄養療法」などのように、「○○療法」いう言葉によって区別し、分類しようとされます。分類することは「科学(サイエンス)」のやり方の基本であり、ヒトの体を研究するときは科学で良いのですが、ヒトの体の健康度を上げたり疾患の治癒を促すときには、科学のやり方は不向きです。がん細胞を潰すことに気を取られて健康を害することも同じです。人の健康を増進させたり、治癒を促進させたりしようとするとき「○○療法」などと言って特定の枠にはまっていたのではダメです。全体を見なければなりません。それは、自分たちは「ガイドラインに沿った公的な治療を目指す」などと言っていることも同じことです。用いる手段に垣根を作ってしまってはいけません。優れた医師は、良いと思われるものならば、それがいわゆる民間療法と呼ばれるようなものでも、東洋医学に属するものでも、自ら学びに行って活用しようとされています。他の多くの分野の人の話にもしっかりと耳を傾け、真実を突き止めようとする謙虚な姿勢が大切なのだろうと思います。

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